ドクターサロン

池脇

長引く咳についての質問です。咳は短期間のものから長引くものまで、それぞれ咳の持続の期間によって名称が変わってきますよね。そのあたりから確認させてください。

鈴木

咳嗽は持続期間により、3週間未満の急性咳嗽、3週間以上8週間未満の遷延性咳嗽、8週間以上の慢性咳嗽に分類されます。このような持続期間を設けることで咳嗽の原因疾患をある程度推測することができます。

池脇

一般的に風邪の後の咳というと、せいぜい1~2週間ぐらいでしょうか、もちろん風邪だけが咳の原因ではありませんが、一般的に持続が長くなればなるほど呼吸器以外の原因での咳の頻度が高くなってくるのでしょうか。

鈴木

おっしゃるとおりです。急性咳嗽の多くは感冒を含む気道の感染症であり、その持続期間が長くなるにつれて感染症に起因する疾患は低下し、それ以外の咳が多くなってきます。

池脇

今回の質問の長引く咳というのは、少なくとも遷延性あるいは慢性の咳で、胃食道逆流症を合併している、あるいはそれによる咳というケースがあるそうですが、胃食道逆流症とはどういう疾患なのでしょう。

鈴木

胃食道逆流症は、胃の内容物が食道に逆流することによって何らかの症状や合併症が引き起こされた状態です。典型的な症状は、皆さんご存じのとおり、胸やけや呑酸ですが、これは食道症状といいます。それに対して胃食道逆流症の食道外症状は幾つか定義されていて、その中で明確なエビデンスがあるものとして咳嗽が挙げられています。

池脇

私も時々げっぷをしますし、必ずしも逆流があるから異常というわけではないのでしょうが、逆流はどのようにして起こるのでしょう。

鈴木

胃と食道の間には横隔膜があり、また下部食道括約筋というものがあって、圧が高くなっています。通常ではそれがあるので胃から食道への逆流が防止されている状態です。ただ、嚥下時にはその下部食道括約筋が弛緩して、食べ物や飲み物が食道から胃に落ちていきます。これとは別に、嚥下とは関係なく、迷走神経を介する反射により下部食道括約筋が一過性に弛緩する生理的な現象があります。例えば、先ほどおっしゃられたように、食べ過ぎたときのげっぷもその一つです。一過性の下部食道括約筋の弛緩というのは比較的時間が長いので、胃の内容物の逆流を伴うことがあります。この現象は正常の人でも起こる普通のことですが、この頻度が多くなりますと、症状が伴い、胃食道逆流症となってきます。

池脇

それがどうやって咳につながるのかというメカニズムはあとでお聞きするとして、長引く咳というのは、遷延性、慢性の咳嗽の中でどのぐらいの割合なのでしょうか。

鈴木

8週間以上続く慢性咳嗽で見ますと、まず胸部レントゲンや胸部聴診を行い、その異常があるものはその治療をすればいいのですが、正常である場合、それを分類しますと、咳喘息がわが国では最も頻度が高く、4割以上と考えられています。一方で胃食道逆流症に起因するものはわが国では1割程度とされ、欧米の4割程度といわれているものとかなり報告が異なっています。これは胃食道逆流症の原因となる食生活の違いや肥満率の違いに原因があるのではないかと考えられています。

池脇

確かに欧米の4割は多いですが、それでも日本で1割というのは、これは慢性の咳嗽で、見逃してはいけない疾患の一つと考えなければいけないですね。

鈴木

おっしゃるとおりです。

池脇

どうして食道への逆流が咳になるのでしょうか。

鈴木

胃食道逆流症が咳嗽を誘発するメカニズムは大きく分けて2つあります。reflex theoryとreflux theoryです。1つ目のreflex theoryは、胃の内容物の逆流が下部食道に到達し、そこに存在する迷走神経の受容体を刺激して、中枢を介し反射的に咳嗽を誘発します。ですので、reflex theoryといいます。もう一つはreflux theoryといい、胃内容物の逆流が下部食道を通り越して、ずっと上昇し、咽喉頭まで到達して咳嗽を誘発します。お酢を誤嚥したときにものすごく咳き込んだ経験が誰しもあると思います。胃酸の逆流は唾液によってある程度中和されていますので、ここまでとは言いませんが、同じような状況であるとお考えいただければわかりやすいと思います。

池脇

胃液が多少食道に逆流するのはまああるかなと思いますが、咽頭ぐらいまでいってしまうのはけっこうな逆流ですね。

鈴木

そうですね。

池脇

でも、それも起こりうる。それによって咳の原因になる。その2つのメカニズムがあるということですか。

鈴木

はい。

池脇

そこまで逆流しているかどうか、耳鼻科医でないとなかなかわからないということですか。

鈴木

これは耳鼻科医でもなかなか診断が容易ではありません。なぜかといいますと、耳鼻科では外来ですぐ喉頭内視鏡で咽喉頭を観察することができるのですが、典型的な所見がないといわれており、なかなか診断は難しいことになります。

池脇

胃食道逆流による咳かと思って検査をして、こういう所見があるから診断というようには、なかなかストレートにいかないのですね。例えばPPIを使った治療的診断になるのでしょうか。

鈴木

おっしゃるとおりです。まずはPPIを投与して咳嗽が改善するのかというところから判断することになると思います。しかしながら、咽喉頭は非常に過敏な臓器ですので、逆流が咽喉頭まで到達しますと、PPIを使用して弱酸性になった逆流であっても咳嗽を引き起こしてしまうことがあり、そういった意味で診断が難しくなるかと思います。

池脇

確認ですが、先ほどの咳のメカニズムのreflex theoryに関しては胃酸を中和することによって多少効果があるけれども、もう一つの咽喉頭までいくreflux theoryに関してはPPIの効果も保証されていないということでしょうか。

鈴木

そのとおりです。

池脇

基本はPPIを投与してやっていくのでしょうが、治療は必ずしも薬物だけではなくて、生活指導もされるのでしょうか。

鈴木

胃食道逆流症といいますと、PPIを投与する先生が多いと思うのですが、生活指導は非常に重要なことだと思っています。具体的には就寝前2時間は食事を控えるとか、食後すぐに横にならないとか、あとは腹圧が高くなると逆流してきますので、そういった体勢は避けるべきです。草むしりなどの前屈みの姿勢、カラオケなどで大きな声を出すこと、ベルトや腹部をきつく締めるような服装、あと重いものを持ち上げる、こういう行動が腹圧を高くして逆流を誘発するといわれています。

池脇

日常生活の細かいところにまで気をつけないといけないですね。

鈴木

そうですね。

池脇

先ほど欧米では頻度が高い一つの原因が肥満ということでしたが、日本人でも肥満の方でそういうことになれば、やはり肥満の是正も重要でしょうか。

鈴木

肥満は内臓脂肪によって腹圧を上げますので、やはり体重を落とすことは重要だと思います。また、それに関連して食べ物で逆流が起こることもあります。先ほど申し上げたように、一過性に下部食道括約筋が弛緩して逆流が起こるのですが、それを誘発するようなもの、例えば胃を拡張させることになる食べ過ぎ、早食い、炭酸飲料、こういったものは避けるようにしなければいけません。また下部食道括約筋の圧を低下させる脂っこいもの、チョコレート、アルコール、そういった食べ物も避けるべきだと考えています。

池脇

薬についても下部食道括約筋に影響があるかどうかも一応チェックされるのでしょうか。

鈴木

特にCa拮抗薬、テオフィリン、こういった薬剤が下部食道括約筋の圧を低下させますので、使用歴を聞いて、使用している場合は薬剤の変更を考えられるかどうか検討します。

池脇

治療的診断でPPIを投与するということでしたが、どのくらいの間投与して、判断するのでしょうか。

鈴木

咽喉頭逆流症、つまり、のどまで到達する逆流があった場合、なかなか治りづらくなります。ですから、PPIも高用量、しかも3カ月間投与する。そして咳嗽が改善してくるかが重要だと考えています。

池脇

長引く咳は、必ずしも呼吸器だけではなく、胃食道逆流症による咳で、生活習慣を改善することによって、もし生活習慣病をお持ちであれば、そちらも一緒に改善できそうだという印象を持ちました。ありがとうございました。