池田
最近、long COVIDと呼ばれるCOVID-19の後遺症と思われる症例が増えて、通常の診療が圧迫されて困っているということです。このようなケースはすでに感染性がないのでしょうか。再度PCR検査などをする必要はあるのでしょうか。
森岡
その質問はしばしばいただきますが、基本的に感染性はないと判断していい場合がほとんどだと思います。厚生労働省から出ている退院基準、10日を満たしている方がほとんどだと思いますから、基本的にはPCR検査をしていただくことはなく、普通の標準予防策で診療に臨んでいただければいいと思います。
ただお一人、過去に急性期、COVID-19を発症されてまだ1週間ぐらいだったにもかかわらず、「私は後遺症を発症するのかしら」と不安になられて、後遺症の外来を予約されたという方がいました。まだコロナ対応として自宅隔離中だった方でしたので、そのようなことはないように確認したほうがいいと思います。
池田
勘違いされて、厚生労働省の基準を満たしていないのに予約するということですね。心配な方はそうかもしれませんね。質問には、long COVIDと呼ばれるものと書いてあるのですが、後遺症というのは発症したときの症状がそのまま続くのでしょうか。それとも、ある程度発症してから時間がたって、それから新しい症状が出て、それが続くのでしょうか。これは何を意味しているのでしょうか。
森岡
COVID-19後遺症の明確な定義というのは今、世界中で作られているところだと思いますが、概念としては急性期から遷延する症状、そして急性期が終わってから新たに出てくる症状、この2つがあるといわれています。
池田
それはどのような症状なのですか。
森岡
多くは急性期から遷延する症状になります。長期間遷延する傾向があるといわれている症状で、最も多いのは倦怠感です。続いて呼吸器の症状が多いといわれています。具体的には、呼吸苦や咳嗽ですね。それ以外にも味覚・嗅覚障害、特に嗅覚障害などは何カ月も続くことが報告されています。
池田
味覚・嗅覚障害は非常に有名ですね。long COVIDとはどのようなものを指すのでしょうか。
森岡
long COVIDという概念は2020年の秋頃にイギリスから出た概念です。4つに分けられていて、急性期から続く症状、そして途中から出てくるpost viral fatigue syndromeと呼ばれたりする症状、残り2つが集中治療後症候群です。集中治療室に入院後、発症するような身体的、そして精神的症状になります。先ほど申し上げたpost viral fatigue syndromeというのが途中から出てくる症状ですが、具体的には脱毛、うつ、記憶障害、記銘力低下、そして集中力低下の5つがいわれています。このような症状があることがフランスから報告されています。
池田
日本の症例でもこのlong COVIDというのはけっこう観察されるのでしょうか。
森岡
当院が2020年8月に行った調査ですと、途中から出てくる症状としては脱毛があることがわかりました。具体的には24%の方に脱毛が認められ、ざっくり発症してから2カ月ぐらいで出てきて、2カ月半ほど続くという結果になりました。それがどの程度なのか、円形脱毛症なのか、もしくは全体的に薄くなるのか、このような性状に関してはわからなかったので、追加の調査で今調べているところです。
池田
かなりあるということですね。発症早期からある症状、途中から出てくる症状、含めておそらく後遺症ということでしょうが、なぜこういう多彩な症状が起こるのかはわかっているのでしょうか。
森岡
明確にはまだわかっていません。その機序に関して一番有力な説が、ACE2受容体を介した説です。コロナウイルスはACE2受容体にくっついて、そこから細胞内に侵入して増殖し、組織を破壊するといわれています。この受容体は脳、鼻腔、咽頭、肺、そして腸、消化管にもあり、それらのところから侵入して多様な症状を呈するといわれており、それが最も有力な説です。
ただし、それ以外にも、サイトカインストーム、サイトカインの影響があるとか、例えば生きたウイルスそのものが腸にずっと生き残っていて、それらが悪さをするとか、抗体価が低いために後遺症の症状が抑えきれていないのではないかとか、幾つか説はあります。しかし、現在のところは明確にこれといったものはわかっていないのが現状と思っています。
池田
まだまだ症例の蓄積がいるということですが、例えば最初の誤って予約を取った方などもそうですが、発症早期あるいは中期ぐらいで、このような症状があるので、この人はこういう後遺症が残りやすいとか、そういう相関は見られているのでしょうか。
森岡
そこはかなり患者さんが心配になるところかと思っています。現段階で世界各国から報告があるもので、後遺症全般が発症しやすいリスクは女性、重症者、高齢です。そして初期症状、急性期の症状が5つ以上というのが後遺症が出現するリスクだといわれています。キーとして、重症というのはわかりますが、重症化因子はむしろ女性より男性です。しかし、どの報告を見ても後遺症の発症リスクは男性より女性なのです。ですので、そのあたりは今後、メカニズムをつかんでいくうえで大事な点かと思います。
そして、症状別でもそろそろ出てきていて、例えば倦怠感や筋力低下のリスク因子はやはり女性と重症の2つでした。2021年1月に「The Lancet」から出た1,700人を対象とした中国のスタディでは、症状別に分けて、どういうことがリスクなのかもそろそろ報告されてきています。日本人に関しては、現在、当院で約530人の患者さんに協力をいただいて解析をしているところです。
池田
女性で後遺症が残りやすいというのは何か不思議ですね。なりにくいのは女性ですものね。
森岡
そうですね。重症化しやすいのは男性のはずなのですが、例えばレポートバイアスというのですか、女性のほうがこういう症状が気になって、報告したり、あと美容に関係する症状が幾つかあると思うのです。脱毛とか、そういうものは、どちらかというと、男性よりも女性のほうが気になったりするかもしれません。そういう点も女性からのほうが報告が多いということと関連している可能性があるのではないかと個人的には考えています。
池田
そこで気になるのは治療法ですが、ある程度確立されているのでしょうか。
森岡
確立はされていないと思います。まだ病態も原因もわかっていませんので、対症療法で何とかやっているところです。
池田
例えば慢性の咳が続いてしまうときはどうされるのでしょうか。
森岡
鎮咳薬を処方したり、どうしても労作時の呼吸困難感が強い方に対してはリハビリテーションをしています。
池田
いわゆる対症療法でやっていくのですね。例えば体のだるさが慢性的に続く方にはどういう対症療法をするのでしょうか。
森岡
そこは難しい質問ですね。今回まだ話に上がっていないのですが、慢性疲労症候群に似たような病態の方がCOVID-19後遺症でいることをうかがっています。私自身はそういう患者さんはまだ診ていないのですが、そういう方に対しては安静にしていることが治療らしいのです。動くと病状が悪くなるようです。ですので、だるいことに関しては、休んで治療することになります。
一方で、先ほど私が申し上げたように、働き盛りの方で、COVID-19の感染を契機に労作時の息切れが強くなって、リハビリをすれば良くなる方もいます。どういう方が動くこと、つまりリハビリをすることでだるさが良くなって、どういう方が動くことでだるさが悪くなるのかが、今わかっていない状況かと思います。ここは今後の大きな課題だと考えています。
池田
今先生方がされている約530人の調査は、そういったものを含めて、まだ少し時間がかかるのでしょうか。
森岡
おっしゃるとおりだと思います。
池田
どうもありがとうございました。