池脇 中林先生、どうして妊娠中あるいは産褥期に血栓ができやすくなるのでしょうか。
中林 血栓塞栓症の要因としては、皆さんもご存じのとおり、ウィルヒョウの3要素があります。1つは血液成分の変化です。妊娠中は凝固因子が妊娠性ホルモンの影響によって非常に増加してきます。2つ目は血流の停滞です。妊娠中はエストロゲンの増加によって血管が弛緩しますので、下肢とか子宮・胎盤に血流がうっ滞します。それから3つ目は血管壁の損傷です。特に分娩や帝王切開時には血管壁が損傷されます。この3つの要素が妊娠中、特に分娩時はそろってしまうので血栓塞栓症が起こりやすいのです。
池脇 確かに分娩のときにはこの3つの要素がそろっていますが、妊娠といってもけっこう長いプロセスで、これは単純に妊娠が進むにつれて血栓を作りやすい背景がだんだんとでき上がってくると考えていいのでしょうか。
中林 妊娠の後半に特に血栓塞栓症のリスクが上がって、分娩を機に産褥期にも上がるといわれています。
池脇 臨床では深部静脈血栓症(DVT)のときにスクリーニングでddimerをよく使います。このd-dimerというのはどういうものなのでしょうか。
中林 d-dimerはFDP(フィブリン/フィブリノーゲン分解産物)の一つです。ここで止血機序について簡単にお話しします。血中にある凝固因子のフィブリノーゲンがトロンビンによって固相のフィブリンになって血液が凝固します。そのフィブリンが第因子によってクロスリンクして、安定化フィブリンというものに変わり、止血に作用します。その安定化フィブリンが線溶系の酵素であるプラスミンによって分解されると、d-dimerができてくるのです。つまり、d-dimerというのは生体内でフィブリン血栓ができて、それがプラスミンによって溶かされたという証明になるのです。
プラスミンはフィブリノーゲンよりフィブリンに親和性が高いので、一般的には血中FDP値はおおむね安定化フィブリンの分解産物を示しているということになると思います。
池脇 このd-dimer、妊娠中は血栓によらず上がってくるのでしょうか。
中林 そうなのです。d-dimer高値を示す疾患としては、DICは当然ですが、そのほかに血栓塞栓症、妊娠、悪性腫瘍、感染症、手術後などで上昇することが知られています。非妊時のddimer値は0.5~1μg/mLぐらいですが、妊娠の後半は2μg/mL前後になります。つまり非妊時に比べて2~4倍高くなるといわれているのです。ですから妊娠時は非妊時とd-dimerの正常値が違うということを他科の医師には承知しておいていただきたいと思います。
池脇 数字を非妊娠の方と同じように解釈してはいけないけれども、事実として妊娠中あるいは分娩時に血栓塞栓症の危険は高いということで、どのくらいの頻度でそういったものが起こってくるのでしょうか。
中林 妊娠中の頻度としては、1,000妊娠・分娩で0.5~1人ぐらいです。非妊時でも生体内では微細な凝固が起きて、それに対応して線溶が起きて、両者のバランスがとれて恒常性が保たれているのですが、妊娠中はそのバランスが崩れやすいのです。特に心配なのは帝王切開後の血栓塞栓症のリスクが経腟分娩の5~10倍以上高いといわれていますので、その辺は要注意だと思います。
池脇 どうして帝王切開でリスクが上がるのですか。
中林 帝王切開術をする理由にはいろいろあります。例えば高齢、肥満、糖代謝異常、妊娠高血圧症候群、双子、自己免疫疾患などの疾患があると、それだけでも血栓症のリスクですが、これらの疾患があると帝王切開率が高率となります。基礎疾患がない場合の帝王切開術でも、術後1~2日のd-dimerは4~8μg/mLぐらいになっていますので、凝固・線溶系が亢進しているといえます。基礎疾患がある妊婦の帝王切開術後1~2日は特に血栓塞栓症のリスクが高いということになります。
池脇 そうしますと、産科の医師は妊娠中もケアされるけれども、特に帝王切開の後はこういったものを注意したいということですね。
中林 そうですね。
池脇 具体的にDVT/PE、いわゆるVTE、これをどのように診断していくのか。アルゴリズムというのでしょうか、進め方というのはあるのでしょうか。
中林 まず血栓塞栓症の臨床症状とリスク因子によって疑われた場合には、侵襲性の低い検査からやっていくのが常道です。d-dimerは侵襲性が低く、かつ、感度は高いので血栓塞栓症が疑われた場合のスクリーニングとしては良い検査と考えます。しかし、特異度は低いわけです。いろいろな疾患で上昇します。ですからd-dimerが陰性であれば血栓症は除外できるといえます。
一方、d-dimerが陽性だった場合は、確定診断として画像診断をすることになります。画像診断で一番低侵襲なのは超音波エコー検査です。それから造影CTなどもあります。あとは肺動脈造影とか肺シンチとか、いろいろありますが、アルゴリズムとしては低侵襲のものからだんだん精度の高い確定診断へと移っていくことになるかと思います(表)。
池脇 スクリーニングでd-dimerを出されるとのことでしたが、何もない普通の妊婦さんでもルーチンにd-dimerは出されるのでしょうか。
中林 それはないです。ある程度リスクや臨床症状があって、医療施設にもよりますけれども、こういうリスクや臨床症状があったら検査すると決めているところが多くて、全妊婦のスクリーニングは、多くのところはされていないと思います。
池脇 特異度をできるだけ上げておいて、d-dimerをもう少し信頼できる検査にするためにも、臨床症状などを見ながら測る。一般的には1以上ですが、妊婦さんの場合は幾つ以上の場合、というのはあるのでしょうか。
中林 人によりますが、2~4μg/mLぐらい、それ以上高ければ先に進むとしていることが多いようです。ただ、その場合は臨床症状が大切です。下肢のDVTであれば、腫脹・疼痛、色調変化、左右差3㎝以上などがあります。PEでは呼吸困難、胸痛、動悸・頻脈、発熱、咳嗽というような症状が出ます。それが、血栓によるものなのかを鑑別診断していくことになりますので、この臨床症状は非常に大事だと思います。
池脇 d-dimerだけで判断するよりも、下肢、あるいは呼吸器症状などのあるなしでイメージが変わってきますね。そして、本当に怪しいとなれば画像診断ということで、下肢の場合は、まずは超音波エコーで調べるのですね。
中林 おっしゃるとおりです。
池脇 最後になりますが、実際に血栓があって、治療しないといけない場合、今はやりのNOAC、新規の抗凝固薬が一般的になってきましたが、妊婦は状況が違いますよね。
中林 妊娠中は非常に急速にいろいろな症状が進行しますので、やはり確実なヘパリンによる抗凝固療法が第一選択になります。そういった治療が長期になるようだったらワルファリンを使うとか、また非常に致死性が高いような場合にはt-PAを使うとか、そういう急速な治療が必要だろうと思います。
池脇 この場合のヘパリンは持続点滴でしょうか、それとも皮下注でしょうか。
中林 妊娠中にDVT/PEが発症して治療が必要となれば、やはりこの時期には持続点滴になります。
池脇 血栓のために、それこそ命を落とすようなケースもあるから、きっちり治療するということですね。
中林 そのとおりです。
池脇 繰り返しになりますが、その中でも、産科の医師が特に心配されるのは帝王切開の後ですね。
中林 そうですね。帝王切開率は全妊婦の20%前後ありますので、その場合は要注意になります。
池脇 帝王切開の後には最初はヘパリンを使って、その後、ワルファリンを使うのでしょうか。
中林 そういうことになります。
池脇 薬以外にも弾性ストッキングなどを使いますか。
中林 予防・治療としては術後の早期離床、下肢挙上、足首の背屈運動、膝の屈伸運動、弾性ストッキング、間欠的空気マッサージなどが薬を使う前の予防的治療になります。
池脇 ありがとうございました。
DVT/PE診断のスクリーニング
母子愛育会総合母子保健センター所長
中林 正雄 先生
(聞き手池脇 克則先生)
妊娠中や産褥期はd-dimer値が上昇しますが、深部静脈血栓症(DVT)や肺塞栓症(PE)のリスクも高まります。DVT/PE診断のスクリーニングにd-dimerは有用かご教示ください。
埼玉県勤務医