ドクターサロン

 山内 坊内先生は、膵臓部分切除後の糖尿病発症に関して非常に魅力的な研究をされていますので、いろいろお話をうかがいたいと思います。
 まず膵臓切除、これは昨今は膵臓がんの早期発見も増えてきたこともあって、多くなってまいりました。膵臓を切ってしまうと、β細胞がもちろんなくなりますが、α細胞もなくなるということで、1型糖尿病に近いかといえば、それはまた非常に微妙なところがあるという、複雑な病態だろうと思います。まずこのあたりの病態についてどういったことが考えられますか。
 坊内 先生がご指摘のとおりで、特に膵臓全摘の場合は内分泌細胞がすべてなくなります。すなわち、インスリンを出すβ細胞も、グルカゴンを出すα細胞もすべてなくなるのですから、血糖を下げるアクセルであるインスリンと血糖が下がり過ぎたときにそれを止めてくれるブレーキであるグルカゴン、この両方が同時になくなります。外からインスリンを補うような治療を行った場合に、インスリンが過剰に働いて血糖が下がり過ぎるときにブレーキがない状態になるというのが1型糖尿病と大きく異なります。すなわち、重症の低血糖なども起こすリスクが高いのが、膵全摘後の糖尿病の特徴だといわれています。
 山内 それに対してこの部分切除は、もう少し違った側面があるのですね。
 坊内 膵部分切除をご理解いただくには、まず術式をご理解いただく必要があります。大きく分けると2つありまして、1つは膵体尾部切除、これはざっくり言うと膵臓の真ん中からしっぽ側、後ろ半分を取る術式で、多くの場合は脾臓を合併切除します。もう1つは膵頭十二指腸切除、名前のとおり、膵頭と十二指腸を一塊にして取り出す。多くの場合、胆嚢も一緒に取って、それで十二指腸を取りますので、胃から遠位の小腸にバイパスを行う術式があります。先ほどの膵全摘とは違い、β細胞もα細胞もある程度残っていますので、グルカゴンの分泌などは保たれています。インスリンの分泌に関しては、取った膵臓の分だけβ細胞が少なくなるので、一般的には分泌が落ちるだろうと考えられていました。そのあたりが全摘と部分切除の違いとして、まずあるのではないかと考えられます。
 山内 先生がお調べになったところで非常に興味深いのは、今お話がありました2つの切除方法では、かなり様相が違ったということですね。
 坊内 我々も非常に驚いたのですが、どちらの術式もだいたい体積にすると半分ずつ膵臓を取るのですが、その2つの術式の患者さんを見ていきますと、術後の糖尿病の発症率がおよそ10倍ぐらい違うことが我々の検討で明らかになったのです。膵切除後の糖尿病というのは古くからいわれていますが、なかなか詳細な病態がわかっていなかったので、我々はもともと糖尿病がない人を対象に定期的に経口ブドウ糖負荷試験を半年に1回、繰り返して行っていくというコホートを作りました。その中で糖尿病の発症を追跡したところ、だいたい術後2年ぐらいで膵体尾部切除、しっぽ側を取る術式だとおよそ50%糖尿病を発症するのですが、膵頭十二指腸切除の場合はおよそ5%しか糖尿病を発症しない。それぐらいの開きがあることが見えてきたのです。
 山内 昔から膵体尾部にβ細胞が多いのが判明していますが、これでよりβ細胞が少なくなるという気もします。実際のメカニズムはそうでもないのでしょうか。
 坊内 確かに先生がおっしゃるとおり、膵体尾部にはβ細胞は膵頭部よりも多くあるということは今までの数々のヒトのデータで示されていて、実際、剖検例で見ても膵体尾部のほうが多いとする報告が多いのは事実です。ただ、一方で実はあまり変わらないという報告もあったりします。先ほど申し上げた発症率が10倍違うことを説明しうるほどβ細胞の分布に違いがあるかというと、我々の検討で見ても、そこまでの差はありませんでした。膵体尾部にも、もちろん膵頭部にもβ細胞がありますので、体積が同じぐらい取れていて、例えば1.2倍ぐらい差があったとしても、果たしてそれだけでそれぐらいの糖尿病の発症率の違いを説明しうるかという疑問が、我々として湧いてきたのです。
 山内 確かにそうですね。ただ、それから先を詰めるのは非常に難しいかと思いますが、先生の仮説ではどういったものが挙げられるのでしょうか。
 坊内 先ほど術式の説明をしましたが、膵頭十二指腸切除というのは十二指腸も取って、小腸をバイパスします。通常であればかなり消化、分解されたものが遠位小腸に流れていくのが、ダイレクトに食べ物が未消化の状態で流れ込むという、術式間の極めて大きな違いとしてあると思います。そのときに遠位小腸は何をやっているかというと、いろいろな栄養素の吸収をもちろん行いますが、腸管の内分泌細胞もけっこういるエリアになるのです。代表的なところでいくと、インクレチンを分泌するL細胞などが多くありますが、その中でインクレチンの分泌が増えるのではないかという仮説を立て、その検証を行いました。
 実際測ってみると、経口ブドウ糖負荷試験の負荷後のGLP-1の分泌は、膵頭十二指腸切除のみ上昇することが明らかになりました。ですから、少なくとも術式が違うことで腸管のインクレチン分泌に差が出ているという明確な答えが出て、ではなぜそれが出るのかを詳しく調べてみたのです。
 山内 直接食物が行くことで、腸内細菌にも影響が出るのでしょうね。
 坊内 そこは非常に重要なポイントです。食べ物を消化、吸収していく過程の中で腸内細菌は非常に重要な役割を果たします。ヒトのエネルギー吸収の10%ぐらいは腸内細菌がつかさどっているのではないかというぐらい、実は腸内細菌は重要な役割を果たしていることがわかっています。実際、我々も腸内細菌に違いがないのか菌叢の解析を行ったのです。すると予想どおりといいますか、腸内細菌の変化が起こったのは膵頭十二指腸切除の術前後のみでした。膵臓の頭側を取る術式だけで腸内細菌叢の変化が起こっていて、先ほど申し上げましたインクレチン、特に今、受容体作動薬が製剤にもなっているGLP-1の分泌に関わるような、腸内細菌から産生される短鎖脂肪酸の糞便中の量も、膵頭十二指腸切除のみで増加することが明らかになったのです。
 山内 そういった非常に複雑なところが一斉に働くと考えてよいのですね。
 坊内 そうですね。
 山内 詳しいことはまだこれからだと思いますが、一つ言えることは、従来は切除率について、40%残っていれば大丈夫とされていましたが、むしろ切除率よりも術式が大事だという非常に大きなことがわかったのですね。
 坊内 そうですね。
 山内 あと、先ほどのお話ですが、膵体尾部の切除でおよそ50%が糖尿病になるというところ、逆にならない方もいるのですね。
 坊内 そうなのです。非常に興味深いのですが、糖尿病になる方は手術した直後ぐらいから急に高血糖を呈する方で、術後半年から1年ぐらいで糖尿病になる人が半分ぐらいです。一方で、定期的に経口ブドウ糖負荷試験で追跡していましたが、ならない人はそのままずっと、何年たってもならないのです。
 これはなぜだろうと私らも非常に興味を持ちました。膵臓をもちろん取っていますので、腫瘍の組織もありますが、それ以外の部分の組織解析ができるので、そういう組織を見て、残っている膵島を観察したのです。術後に糖尿病になる人は膵島の腫大が起こっていました。いわゆる代謝ストレスがかかったときに膵島は腫大します。一番典型的なのはインスリン抵抗性で、そういった状態が起こったときに膵島は腫大すると糖尿病領域では一般的にいわれていますが、実はそういう変化が起こっている。加えて、β細胞とか膵臓の内分泌細胞はそういうストレスがかかったときに、例えばインスリンを産生するβ細胞に分化していく過程でいろいろな過程を経るのですが、可塑性といって、成熟した最終的なβ細胞から少し未分化の状態に戻る、そういった細胞が多く認められることが、膵臓を取った後に糖尿病になる方の特徴であることがわかってきました。
 山内 そうしますと、摘出した膵臓の病理所見も予後の参考になるかもしれないのですね。
 坊内 本当にそのとおりで、術後に糖尿病になるか、ならないかを考えたときに、患者さんにとっては非常に大きな問題です。というのも、膵臓を取った後の糖尿病の治療は原則インスリンを含めた治療ということで、今は注射の治療が主流になり、患者さんの負担も大きくなります。その中で、糖尿病になるのか、ならないのかは患者さんの関心事としてはけっこう大きいのです。膵臓の組織を見ることで術前に予測が可能だということもクリニカルには大きな、重要な知見だったのではないかと私どもは考えています。
 山内 実際の治療法の開発はこれからですが、今のお話をうかがいますと、例えばGLP-1受容体作動薬も、一つの有力な治療法になる可能性もあるのですね。
 坊内 そうですね。マウスの実験ではβ細胞の保護効果があるとか、そういったことも報告されていますので、ヒトのデータで見てもその可能性はあるかもしれません。ただ、ヒトの場合はβ細胞の再生や増殖がすごくしにくいという特性がありますので、ヒトではマウスのように単純にはいかないかもしれません。ただ、メカニズムを考えると、保護に働く可能性は捨てきれないのではないかと今でも私は思っています。
 山内 どうもありがとうございました。