大西
今、ワクチンの主なものはmRNAのワクチンとかいろいろあると思うのですが、そのあたりを教えていただけますか。
氏家
昨年から新型コロナウイルスの流行が始まって、これに対するワクチンの開発が始まったわけです。現在、日本で唯一承認されているファイザー、バイオエヌテック社の製造するmRNAワクチンは、従来のワクチンの作り方と全く異なるようなかたちで、RNAという遺伝子の一部、ウイルスの蛋白を作る設計図を体の中に打ち込んで、ヒトの体内の中でウイルスの抗原を生成し、それで免疫を誘導するという非常に新しい画期的なワクチンです。これは、実際の臨床でも非常に高い有効率と安全性が報告されていて、この新型コロナウイルス対策に非常に重要な武器になっていると考えています。
大西
日本でも高齢者の接種が始まってきましたが、そのあたりの状況を教えていただけますか。
氏家
ファイザーのワクチンが世界的な供給を増やすために、工場の改築が行われていて、その間ワクチンの製造がしばらく止まっていたわけですが、やっとワクチンが潤沢に供給されるようになり、オリンピックも控えているということで、政府も2021年7月末をめどに医療従事者と高齢者の接種を優先的に急いで実施する方針となっています。全国各地でいろいろ予約の問題などもあるようですが、接種が開始されて、これでワクチンによる対策が広がっていくことで重症化しやすい高齢者の方の予防が進むと、感染対策としても非常に効果が出てくるかと考えています。
大西
死亡者数が減ったり、病床にも少し余裕ができる、そういう効果が期待されるということでしょうか。
氏家
そうですね。ワクチンの効果は、死亡とか重症化を予防するだけでなく、発症を予防するので医療機関を受診しなくて済むとか、周囲への二次感染を防ぐ効果も報告されています。医療機関の負担が減るという以外にも、社会全体の感染対策としても非常に効果が認められることが、海外では報告されています。
大西
それでは次に副反応、これは皆さんけっこう気にされる方が多いのですが、どのような状況なのでしょうか。
氏家
mRNAワクチンで特に注目されているのがアナフィラキシー反応という副反応で、急性のⅠ型のアレルギー反応が比較的多く見られることが注目されています。実際の報告については、日本でも定期的に審議会で発生頻度などが検討されているところですが、海外の報告と比べて著しく高いようなものではありませんし、アレルギー反応があっても、本当に重篤な状態となるアナフィラキシーの分類に当てはまるものは、頻度としては比較的少ないということです。ただ、こういったことが起こるということが事前にわかっていますから、きちんと接種会場で対応できる態勢を準備して、接種の実施に臨むことが大事だろうと思っています。
また、2回目のワクチンの際に発熱を生じるような方が比較的多く、国立国際医療研究センターでも調査してみるとかなり多くの方が熱を出して半日とか1日とか休まれたりすることが想定されました。そこで、当センターでは週末の金曜日など休日前に集団接種を実施したり、一度に多くの職員が接種を受けてしまうと、たくさん休んでしまうようなことが起こるので、少し2回目の接種までの間隔を広く取って接種者数を分散させて、平日にも休みを取れる部署には勤務調整をしていただいて、体調不良で仕事を休んでも業務に支障をきたさないような工夫をして接種を行っていました。
大西
若い方のほうが熱が高いような印象を持っているのですが、やはり少し反応が強いのでしょうか。
氏家
そうですね。これまでの臨床治験でも高齢の方、55歳以上の方と比べると、やはり若い方のほうがそういった反応が多く見られることが報告されていると思います。
大西
筋肉痛が強いといいますね。
氏家
そうですね。ほかのワクチンと比べても、局所反応、打った接種部位の痛みとか、発赤、腫れの発現頻度は高く、7~8割ぐらい見られるのですが、だいたい接種から1日ぐらいで出てきて、1~2日でまた自然によくなってしまうものがほとんどです。それで獲得できる免疫と比べれば、ほとんどが自然によくなるものですから、そんなに怖いものでもないです。また、もし症状がひどければ対症療法で症状を緩和して経過を観察することになるかと思います。
大西
因果関係があるかどうかわからないのですが、多少死亡例も報告されているようです。この辺はまだはっきりはしていないのでしょうか。
氏家
先ほどお話しした厚生労働省の審議会の中で死亡事例も評価されているところですが、現在28人か29人ぐらい、接種後の死亡事例が報告されているのですが、非常に多くの人が接種を受けている事実を考え合わせる必要があります。また、高齢者の接種も始まりましたから、もともと高齢の方というのはいろいろ病気を持っていたり、急な病気で亡くなる方がいて、何十万人、何百万人とこれから接種をしていくと、たまたま接種を受けた後に病態が悪化して亡くなるというような方も出てきますので、今後も報告は増えてくるだろうと思います。評価の方法としては、海外の報告頻度と比べて、一定期間の中のトレンドで何かおかしなことが起こっていないかを見ていく必要があると思います。現時点では特に変わった徴候は見られていないと評価されています。
大西
ワクチン接種のメリットとデメリットの評価について教えていただけますか。
氏家
当然ワクチン接種を受けることで、先ほどお話ししたように、病気にかからなくて済む。周りの人にうつさないで済みますから、打った人が予防されるという以外に、その周囲の方、家族や同僚など、自分の周囲の人を守れるということがいえます。また、病気になってしまうと、医療機関の受診や入院が必要になります。今、かなり医療機関で負担が増えていますから、そういった負担を軽減したりとか、社会的に大きな問題になっている医療費の軽減にもつながるということで、社会的にも非常に費用対効果の高い感染症対策だといえると思います。
デメリットに関してですが、先ほどご指摘いただいたような、接種を受けることによって、免疫を誘導していく反応の過程で熱や痛みが出たり、そういった副反応も起こる。また、非常にまれですが、アナフィラキシー反応のように体内に取り入れたものに対するⅠ型のアレルギー反応が起こることもあります。mRNAではあまり報告はないですが、今後、日本でも審議されるようなアストラゼネカ社のウイルスベクターワクチンなどでは、その免疫反応の副作用として、接種からだいたい1~3週間で、血小板が下がってきたり、それに伴い命に関わる血栓症のような合併症が起こる可能性があったりするところは、デメリットであるといえるだろうと思います。
大西
今、変異株が大きな問題になっていますが、その影響はいかがでしょうか。
氏家
現在、WHOは社会的に医療上の脅威になるかもしれない、感染力が高くなったり、場合によっては重症化率が上がったりのような悪影響が懸念される変異体を4種類、評価の対象としているところです。日本で使用しているファイザーのワクチンに関しても、感染予防の有効性自体は下がることがいわれているのですが、全く効かないわけではない。最終的なウイルスの中和ができるということで、重症化の予防という観点では非常に高い効果を維持していると報告されていますので、できるだけ早くたくさんの人にこのワクチンを打っていただくことが変異株の対策としても非常に有効であろうと思います。
加えて、これからもさらに変異したようなウイルスが出てきて、今後、このワクチンの有効性などに影響を与えることも懸念されるわけですから、しっかりとサーベイランスの中で新たなウイルス変異が生じていないかなど、ワクチンの有効性への影響といった疫学的なトレンドが変化をきたしていないかをしっかりと評価していくことも加えて大事になってくるだろうと思います。
大西
毎日のようにメディア等で様々な情報が伝えられていますが、その辺の報道とか情報の伝え方、リスク・コミュニケーションなど、いかがでしょうか。
氏家
いいワクチンが開発されて、入手しても、それだけでは対策につながりません。たくさんの人に効率よく接種していただくためには、予防接種の必要性をしっかりと理解していただくというアプローチが大切になってくるだろうと思います。今回、使用されているワクチンは新しい種類のものですし、副反応の可能性もあって怖いという考え方は理解できます。また、ワクチン接種は予防ですから、病気になって仕方なく薬をのむ治療とは違って、元気な人が熱が出るかもしれない注射を受けるので、それに対して少し足がすくむことも理解できます。一方で、これによってもたらされる予防の効果、そして社会全体の経済効果や、これまでの生活に近づくための対策など、なかなか実感しにくく目には見えないのですが、そういったプラスの効果をしっかりと伝えて、理解していただいて、広くこのワクチンの接種が進みやすい環境を構築していくことが大切だと思います。医療従事者やマスメディアといった、一般の方に対して医学的な情報を伝えることのできる立場の方々の役割は今後も非常に大事になってくるのだろうと考えています。
大西
どうもありがとうございました。