池田
新型コロナウイルスの予防接種、特に筋肉内注射についての質問ですが、三角筋部への正しい注射法はどのように行うのでしょうか。
峯
まず筋肉内注射の接種の部位というのは、筋肉があるところだったらどこでもいいわけではなく、新型コロナウイルスのワクチンについては上腕の三角筋に接種することがほぼ決められています。それ以外の筋肉の部分には基本的には注射をしないという考え方です。そしてその三角筋の中央部、真ん中の部分が接種の部位に当たります。
中央部をどうやって見分けるかですが、それは肩峰、肩の先端のところから真下にだいたい3横指ぐらい下の部分が目安になる。ただ、3横指といいましても、指の太さが細い方もいれば、太い方もいます。特に今回の新型コロナウイルスのワクチンは看護師さんが接種されるケースが非常に多く、看護師さんの多くは指が細い女性ですので、女性が接種する場合には4横指ぐらい下が三角筋の中央部に当たると考えられています。
池田
その部位が上すぎる、あるいは下すぎるとどうなるのでしょうか。
峯
上すぎると、針の先が三角筋の下の滑液包というところに入ってしまう可能性があり、そうするとワクチンの成分が滑液包の中にある関節の部分に流れていく可能性があります。すると、一つの病名としても確立されています、ワクチン関連関節障害といわれるものが起こってしまう可能性があります。
池田
滑液包の中の炎症ということですね。
峯
そうですね。そこに異物が入ってしまうと、関節の中の異物が異物反応を起こして、腕が動かなくなるなどの状況が起こってきます。そこは絶対に入ってはいけない場所で明らかに接種の間違いになるので、それより少し下ということになると、3横指ないし4横指という部分になるのです。
池田
下に行き過ぎるとどうなるのですか。
峯
下は、あと数センチ下までは特別な神経はありません。ただし、三角筋は、座った状態で真下に腕を下ろしたときには三角筋の中央部、肩峰から3~4横指下ということで比較的わかりやすいのですが、少し腕を内旋、内側に回してしまうと、三角筋の外側、後ろ側を走っている橈骨神経が内側に引っ張られ、うっかり触れてしまう可能性がある。橈骨神経に触れて、橈骨神経麻痺を起こしてしまい、運動障害まで起こってしまうので、これも絶対接種によって起こしてはいけない間違いです。橈骨神経に触れる可能性が全くなく、滑液包にも入らないということになりますと、三角筋の中央部が一番安全な場所になるかと思います。
池田
手を腰に当てず、ただぶらっと下げておくということですね。
峯
はい。
池田
場所が決まったら、そこの消毒や、注射器等は、どのようにするのでしょうか。
峯
まず消毒に関しては、通常アルコール消毒をするわけですが、接種するポイントをだいたい目安として決めたら、その真ん中から外側に向かってぐるぐると、直径だいたい5㎝ぐらいの範囲を消毒し、アルコールが乾くまで待ってから接種をする。ただ、時にアルコールに対してのアレルギーを持っている方がいますので、そういう方に対してはアルコール以外の消毒液を使って消毒することが一般的には用いられています。
池田
通常の針を使うのでしょうか。
峯
2021年1月の後半ぐらいから、1つのバイアルで6人分のワクチンを取れる特殊なシリンジが用意され、そこに25㎜という針をつけて、接種をすることになりました。
池田
刺す深さはシリンジの頭がぷっと皮膚にくっついて、さらに押すのでしょうか。
峯
25㎜ですと、日本人には極端に体重の多い方はあまり多くないので、通常の方では、針の根元の部分まで刺しても、筋肉量がけっこう多い筋肉内の中央部に針の先端が位置できることになります。非常にやせている方、筋肉量が極めて少ない方は、25㎜で根元まで入れると間違いなく骨に当たってしまいますので、その場合は、実は2~3㎜ぐらい、そこから抜き戻して接種をすると筋肉注射ができます。ただ、明らかに見た目から非常にやせていて筋肉量が少ない方は、もっと短い16㎜の針を使って筋肉注射をしていただく。それだと通常は根元まで押していただいても大丈夫です。
刺す角度も、通常の皮下注射ですと斜め下から上に向かって45度の角度で接種をするのが一般的なのですが、筋肉注射は真っすぐ下に、90度の角度で皮膚に向かって垂直に刺していく。そういう状況が一般的なやり方です。
池田
皮膚表面に直角ですね。
峯
そうです。直角に刺すという考え方です。
池田
よく血管に入っていないかと陰圧をかけて逆流を確認するのですが、これは必要なのでしょうか。
峯
実は筋肉内に太い血管はありませんし、当然のことながら神経も通常ありませんので、血液の逆流を確認するために陰圧をかける必要はないといわれています。ただ、看護師さんを含めた多くの方は、刺した後に陰圧を確認するという習慣が根づいてしまっていて、陰圧をかけて引いてみる方も多く見受けますが、実際に引く必要は全くありません。
池田
抜いた後、例えばよく手でもんでしまう方がいるのですが、いけないのでしょうか。
峯
基本的に筋肉の中に注射をした場合、針を抜く、抜針した後は押さえるだけで、もむ必要はないといわれています。理由は幾つかあるようですが、例えば一つはこのワクチンについてもアナフィラキシーが一定の数出ると報道などでも流れています。アナフィラキシーを起こしやすい体質の方がもんだりすると、一気に薬液が筋肉内の血液の中に広がり、アナフィラキシーを起こす時間がさらに短くなる可能性があります。
あともう一つは、例えば血栓症を起こしたことがある方は血液をさらさらにする治療を普段から予防的にずっと受けています。そういう方の場合には接種をして、針を抜いた後にそこをもみますと、そこからさらに内出血をする可能性があるといわれています。基本はしっかり押さえていただく。特に血液をさらさらにするような抗凝固薬療法や血栓療法を受けている方に関しては、最低2分間、しっかり上から押さえていただくことが基本で、できるだけそこはもまないことが大前提になっています。
池田
それは2つ目の質問のワルファリンやエドキサバン等を内服している患者さんですね。
峯
はい。それとも関連します。
池田
2番目の質問は、なぜ新型コロナウイルスワクチンは筋注なのでしょうかという、すごく根源的な話になっているのですが、どうしてなのでしょうか。
峯
実は諸外国では、例えば麻疹風疹混合ワクチン、おたふく風邪のワクチン、水痘のワクチンなどの生ワクチンの注射は、基本的には皮下注射をするのが一般的です。しかし不活化ワクチンは以前からすべて筋肉注射が大原則でした。ですから新型コロナウイルスのワクチンが特別に筋注になったのは日本だけの現象です。日本の場合、実はある理由がありまして、ワクチンに関してはすべて基本は皮下注射という時代が20年、30年続いていたために、これだけが接種の手技が違うように目立ちますが、実は外国ではこれがスタンダードになっています。
池田
日本だけ特殊なのですね。
峯
そのとおりです。
池田
それはなぜなのですか。
峯
私は小児科医ですが、昭和40年代後半に特に大腿四頭筋に筋肉注射を受けた子どもたちが、その後、大腿四頭筋拘縮症という障害が一生残るような子どもたちが三千数百名出たという報告がありました。これは筋肉内に注射したからこういう症状が起こったのだろうといろいろなところから指摘され、もしかすると筋肉注射という手技が悪いのではないか、そういうイメージが日本ではずっと残ってしまっていたのです。
ところが、あとでいろいろと調べてみると、筋肉注射そのものが悪いのではなくて、注射した薬液の問題であることがわかりました。例えば抗菌薬や解熱薬、あるいはそれを同時に合わせて混注といわれる注射が、昭和40年代前半ぐらいから頻繁に子どもたちに行われていました。今では、もしそういう注射をやる場合には静脈注射になりますが、当時は静脈注射をきちんと小さい子どもたちにやれるような、ちょうどいい針等がなかったものですから、それを皆、筋肉注射でやっていました。しかし、この薬液のpHが4など非常に低い、酸性の強い薬液であったとか、あるいはpHが9を超えるような強アルカリの薬剤だったとか、あるいは30を超える非常に高い浸透圧の薬剤が筋肉内に注射されていたので、そのpHや浸透圧によって筋肉の組織が傷害を受け、結局その部位が後々拘縮を起こしてしまったと今は指摘されています。
ですから、ワクチンに関してはpHはほぼ中性で、浸透圧も生理的なものに近いので、諸外国を含めて当時からワクチンは拘縮症の原因としての記載は全くされていません。日本の場合だけ、ワクチンを含めた安全なものに関しても筋拘縮症の対象と判断してしまって、筋肉注射をされていなかった。それが実態です。ですから、ワクチンは安全だということになります。
池田
そうした文化がずっと根づいているのですね。
峯
はい、そのとおりです。
池田
心配なのは、ワクチンを打つのですから、筋肉注射と同等の効果が皮下注射で得られるのかは、わかっているのでしょうか。
峯
実はこの新型コロナウイルスワクチンも含めて諸外国で作られたワクチンに関して、不活化ワクチンはすべて筋肉注射で臨床試験をやっているのです。そうしますと、それによって得られたデータに基づいてワクチンの効果と安全性によってワクチンが承認されるので、それ以外の接種手技でやってしまうと、臨床試験と違う接種方法でやったものに関しては、その効果も安全性ももう一度データを取り直さなければいけない。諸外国では通常どおり接種されているワクチンが、日本に入ってきたらしばらくの間、一般の我々の市場に出てこないのは、多くは接種の手技が違ったために、もう一回日本のデータを取り直していたためだったのです。今回はその時間がありませんので、接種の手技として筋肉注射以外のものはやってはいけないという判断になりました。
池田
歴史的なことも踏まえてうかがうと、日本の特殊性、新型コロナウイルスワクチンは特別ではないということがよくわかりました。ありがとうございました。