ドクターサロン

 池脇 藍原先生、今回は珍しい質問をいただきました。私の考え方は古いのかもしれませんが、一般的に日本では多少頭が変形していても、自然と治るという考え方が根強かったように思います。先生が2001年にアメリカのシカゴに留学された際に、向こうの考え方の違いに愕然とされたと聞きましたが、まず留学の経験から教えてください。
 藍原 私は現在、脳神経外科の中でも小児を専門にしています。基本的に我々が学ぶ頭の変形というのは外科的な治療を要するような先天性の奇形の頭蓋変形であり、また外科的な治療で変形を再構築してあげるような早期癒合症、そういった病気がメインです。それはアメリカに渡る前から自分も学んでいましたし、そういった技術をさらに磨きをかけるという思いではありました。今の日本では随分当たり前になってきましたが、乳幼児の頭蓋変形だけを集中的に診る、そういった外来が海外には2001年の段階でしっかりとあり、赤ちゃんたちがいろいろな装具を頭につけて外来に来る、または健診に来る、そういった体制がしっかり整っていた。まずそこに驚きを覚えました。
 こういった外来の存在自体が私にとっては驚きだっただけに、また病的な、外科的な治療を必要としないそういった変形の乳幼児に対しても、矯正器具、具体的にいうと頭蓋矯正ヘルメットが海外では当たり前のように使われていたという現状に、すべて目からうろこだったのが2001年の私の体験でした。
 池脇 脳外科医として先天的な早期癒合症に関しては日本でも経験がありましたが、おそらくそれが最も症例としては多いのだろうけれども、そうではない変形に対してアメリカでは赤ちゃんがヘルメットをかぶっているという、日本ではない光景をそこで目撃されたのですね。
 藍原 そうです。
 池脇 そして帰国して、日本でそれをやっていくのはけっこうたいへんだったのではないですか。
 藍原 私が帰国したのは2004年でしたが、自分が知らないだけで、日本国内にもすでに海外同様の赤ちゃんの頭をしっかりと健診する体制、その健診の結果に伴う必要な矯正治療は、しっかりと確立していると思っていました。しかし、実際のところ日本全国どこを探してもそういった頭蓋健診外来はなく、また当然ながらそれに伴う頭蓋変形に対しての矯正治療という概念そのものも存在していなかったでしょうね。
 池脇 おそらく先生一人が頑張っても、こういったものが大きな動きとなっていくのはなかなか難しいと思うのですが、先生が帰国されて日本でも、2012年ぐらいから成育医療センター等々でそういったヘルメットの治療が始まったと聞いています。ただ、やはりちょっと時間がかかっていますね。
 藍原 そうですね。私が今勤めている東京女子医科大学で院内の倫理委員会を通して、初めて日本の赤ちゃんにアメリカ製のヘルメットを装着することが許されたのが2007年でした。当院は2007年から開始して、最初は病的な赤ちゃんを中心に、今ではある程度コンセンサスが得られてきて、病的ではない、いわゆる健常児であっても、寝る体勢等々の原因で起こるポジショナルの頭蓋変形に関しての矯正治療も始まった歴史があります。
 池脇 たいへん失礼しました。東京女子医科大学がまさに日本で初めてそれを導入したのですね。基本的には、手術でなければ、そういった矯正のヘルメットを使うのでしょうか。質問にもあるのですが、どこから、あるいはいつから使うなど、やり方があるのでしょうか。
 藍原 先ほど申し上げましたように、病的疾患がベースにある赤ちゃんに対しては使用基準は非常に明確です。例えば、海外でいえば、我々脳外科医が主としてやる早期癒合症という手術に関しては、手術直後から手術効果をより効果的に出すように装着しますし、水頭症、どんどん頭が大きくなっていってしまう病気に関しては、手術前後でアレンジしてつけることもあります。いわゆる治療目的だけではなく変形予防目的でも、装着基準などが海外ではかなりクリアだったと思います。
 池脇 素人目からの印象ですと、骨はやわらかいうちに矯正したほうが矯正効果があるのではないか。でも、まだ首がすわらない赤ちゃんに重たそうなヘルメットもどうなのか、いつがいいタイミングなのか、よくわからないのですが、どうでしょう。
 藍原 まず、そもそも頭蓋骨を矯正する。今ここは話が混同しないように、病的なものがない、単なる寝癖によっての変形に対する矯正の適応として考えますと、そういった矯正ヘルメットによって頭蓋骨を矯正できる条件は2つ必要です。一つは先ほど先生がご指摘されたように骨年齢が若いこと、もう一つ大切なのは頭が大きくなることです。我々の頭蓋は年齢が2歳もしくは3歳児までに、成人の80~90%まで大きくなるとされています。しかし、2歳・3歳児はまだ頭囲拡大は引き続きありますが、頭蓋骨はかなり硬くなってきている。そうなると、早い子は月齢3~4カ月で大泉門は閉じるので、その時点でも矯正は難しくなってきてしまう。
 海外はある程度基準が明確化されていて、首がすわった後、月齢5~6カ月が装着にふさわしいとしていましたが、アメリカ製のヘルメットは非常に重量が重いことと、あとは意外と医師がずっと見なくて、専門的な技術を持ったいわゆる装具士が行うことから、やや安全性を担保して月齢5カ月開始でした。今は日本製ヘルメットの軽量化を実現したものに関しては、首がすわる前の2~3カ月齢ぐらいで矯正の導入というのが理想的な印象があります。
 首がすわる、すわらないが、赤ちゃんの首に影響するかということですが、何も首をぶらさげたような状態でヘルメットをかぶせるわけではなく、赤ちゃんを抱き上げるときはもちろんヘルメットごと抱き上げるので、きちんと専門医が見ていくうえで2~3カ月齢で開始しても、そういったことに関してのリスクは、特にないと考えています。
 池脇 逆に言いますと、生まれて2~3カ月の時点で介入すべきかどうか。日本では現状、そういう赤ちゃんをどうやって拾い上げられるのだろうかと思うと、生まれたときの小児科医、産婦人科医が一応体をチェックして、次の1カ月健診あたりで拾い上げるシステムでしょうか。
 藍原 脳神経外科医は乳児健診に携わることはありませんので、日本の今の現状では赤ちゃんの健康状態を健診として行うのは小児科医です。もちろん、周産期では産科医、新生児科医、そして助産師、保健師、そういったいわゆるメディカルスタッフの介入もありますが、赤ちゃんをトータルに健診するのは小児科医なのです。ところが、それほど首から上の頭蓋変形を親身に、もしくは重きを置いて健診をされるという歴史的な背景は、かなり少ないというのが私の印象です。矯正治療ありきではなく、いわゆる変形率をしっかりとスクリーニングをするという目的で、今の日本のシステムの中でキーポイントとなる時期というのは、私は1カ月健診と考えています。
 池脇 いろいろな体の測定に関しては成長曲線みたいなものがありますが、頭にはあるのですか。
 藍原 母子手帳の中に標準曲線として、いわゆる診断の基準となっているものは4つしかなく、身長と体重と頭囲、胸囲曲線のみです。そういった曲線上にいろいろな現状で、頭囲などそれらを測ってプロットするから、小児科医は「頭が大きいね」「ちょっと小さいね」「まだ体が小さいね」というかたちで、健診の基準となります。しかし、日本の母子手帳の中には頭蓋変形を診断する基準値となり得る早見表といわれるものはありません。1カ月健診のコメント欄の質問事項の中に頭蓋変形に対しての質問項目もなく、現場のお母さんたちは医師たちに聞くに聞けなかった。そういった項目があればもう少し質問しやすかったという声はよく聞かせていただきます。
 池脇 そこのタイミングを逃してしまうと、次は3~4カ月、場合によっては6カ月というと、先ほど先生が言われたタイミングも過ぎてしまいますね。
 藍原 そのとおりです。よくご両親にお伝えするのは、縦抱きして「どうですかね」と連れてくるときはもう遅い可能性がある。まだ固定されていない首を恐る恐る抱きかかえながら見せてくれるような月齢、そのときこそが頭蓋健診においては最も適切な月年齢だと伝えています。
 池脇 先生が望むようなかたちに持っていくため、先生は研究会を立ち上げたりして頑張っておられるのでしょうね。
 藍原 ありがとうございます。先ほど先生にご指摘いただきましたように、私一人が声を上げても、この大きな国の中での、また長い歴史の中での乳児健診の中での頭蓋健診というのは、なかなか広がりを持たないことから、小児科医にそういった声をかけさせていただき、2020年から日本頭蓋健診治療研究会というものを発足しました。この中で学術集会を通して、先ほど言った小児科医以外の多職種の医療スタッフの方々と、頭蓋変形という病態をしっかりと共有して、未来の日本の子どもたちの治療につながるようなことをみんなと協議していければいいと今、進めています。
 池脇 たいへんだと思いますが、日本の赤ちゃんの頭を守ってあげてください。ありがとうございました。