ドクターサロン

 山内 実臨床の場で手足の冷えの訴えは非常に多いのですが、なかなか今の医学ではとらえどころがありません。まず原因として、どういったものが多いかはわかっているのでしょうか。
 矢久保 今の医学でも末梢血流が明らかに低下しているような血管性の病変や膠原病などにも見られます。甲状腺機能低下症なども冷えの原因にはなります。実臨床では本当に患者さんがただ「冷える」という症状として訴える方は多いです。実際、私たちも患者さんの手を触れてみて、ああ、本当に手が冷たい、足が冷たいという方はたくさんいます。
 山内 非常に複雑かついろいろな因子が絡んでいるという感触をお持ちですか。
 矢久保 確かにストレスなどで冷える方もいますし、むくむことで血流が悪くなる、あるいは貧血、または筋肉量の少ないやせた人、代謝のよくない人もいます。いろいろな因子が絡んで複雑な病態を作っているという印象はありますね。
 山内 原因が一つの疾患であることはごく一部のケースでしかない、と考えてよいのでしょうね。
 矢久保 そうですね。実際、冷えを訴える方は、20歳を中心とした女性の半分ぐらい、あるいは55歳以上の高齢者の男女などに見られます。50%以上に見られ、かなり頻度は高いです。そのすべての方に疾患があるかといわれた場合、疾患という概念に当てはめるのは難しいですね。
 山内 確かにそうですね。例えば貧血があるというと、いかにも冷えが来そうですが、貧血の方がみんな冷えを訴えるかというと、決してそうでもありませんし、たまたま貧血があったから原因は貧血でしょうというのも言い過ぎかもしれないというところがありますね。
 矢久保 そうですね。
 山内 さて、そうなると、こういった冷えを訴える方が来たとき、先生はどのようなアプローチをされますか。
 矢久保 まず冷えの方は女性が多いので、服装などもけっこう問題になるのですが、体を締めつけないようにする、腹部を冷やさないようにするなどの対処もあります。あるいは、食事などでも体を冷やすような食材、特に生野菜だとか南国のフルーツ、牛乳なども身体を冷やすので、そういったものを避けていただく。あと、身体がきゃしゃな方が多いです。ですから、蛋白質を十分に取って、運動をして、筋肉をつけていく。そういった生活の指導もしています。
 山内 その前に本当に冷えているかどうかという問題もありますね。
 矢久保 そうですね。私たち漢方の診察では必ず手足を触れてみて、実際に冷たいのかどうかを確認しています。やはり多くの方は手足が冷たいですね。
 山内 わざわざサーモグラフィ、血流計を使わなくても、とりあえずは触れてみる。触診でこのあたりはわかるという感じでしょうか。
 矢久保 そうですね。最近、いろいろいい機械が出てきました。サーモグラフィや、ドプラー血流を使って客観的に評価することもできるようになりました。でも、実臨床では患者さんの手足を触れることで、十分所見を取れると思います。
 山内 サーモグラフィで指先の血流が悪いといったことが証明されるケースはあるのでしょうね。
 矢久保 冷えのグラデーションという表現があります。温かい温度を赤色、冷たい温度を青色にすると、末梢側の指先のほうが青くて、だんだん中枢側になるに従って赤くなってくるといったケースが見られます。
 山内 そういった裏付け的な、例えば血流が減っているといったことが確認できても、原因は非常にとらえどころがないケースが多いと考えてよいのでしょうね。
 矢久保 そうですね。
 山内 膠原病などについてはそちらの治療をするとして、特定の疾患に帰することができない大多数のケースに関しては、どういったアプローチがあるのでしょうか。
 矢久保 現代医学でもなかなか治療が難しいケースに私たちは漢方薬による治療を考えます。その際には、日本漢方では日本漢方では口訣くけつという先人の経験をまとめたものがあります。その中で一番よく使われるものが当帰四逆加呉茱萸生姜湯とうきしぎゃくかごしゅゆしょうきょうとうという長い名前の薬です。これがよく使われていますし、私たちも最初にこれを考えます。
 山内 一度聞いてもすぐに出てこないので、番号でいいますと何番になりますか。
 矢久保 38番です。
 山内 どういった方々が有効例になるのでしょうか。
 矢久保 いわゆるきゃしゃという表現をするのですけれども、あまり筋肉量が多くない方の四肢末端の冷えですね。そういったときによく使います。
 山内 筋肉が少ない方ということですが、必ずしもきゃしゃでなくても、少しでっぷりはされているけれども筋肉はあまり多くなさそうだという女性によくあるタイプにも使ってよいのでしょうか。
 矢久保 そうですね。冷えの原因として筋肉量が少ないのは大事なことだと思います。
 山内 実際に使ってみたときの感触ですが、漢方ですので3週間ぐらい続けて使ったほうがいいと考えてよいのでしょうか。
 矢久保 わりあいこれは効果が早いです。実は私自身、1日分、3包を1回でのんでみたのです。そうすると、1~2時間すると体じゅう、特に手足がぽかぽかしてきて、これはすごい薬だというのを実感した覚えがあります。患者さんに聞いても、1包のむだけでもだいぶ違うという感想をいただいています。
 山内 即効性があるということですね。
 矢久保 はい。
 山内 なかなか優れた薬剤ですね。
 矢久保 ただ、患者さんによっては時間がかかるケースがありますので、最低8週間はのんでくださいという話はしています。
 山内 それ以外の薬剤としてはどういったものが知られていますか。
 矢久保 四肢の冷えがあって、関節の痛みなどの関節痛があるケースでは桂枝加朮附湯けいしかじゅつぶとうをよく使いますし、四肢の冷えに加えて排尿障害や腰痛、膝関節痛、下肢の痛み、しびれを伴うようなケースに関しては八味地黄丸はちみじおうがんがよく使われます。そのほか、女性で月経障害を伴う方で、ちょっとむくみっぽい方には当とう帰き芍薬散しゃくやくさんなどがよく使われています。
 山内 西洋医学で冷え性というのは、残念ながらほとんど放置される可能性の高い状況があり得るような印象があります。あるいは気のせいだといって片付けられるケースも多いと思われますので、こういった薬剤があるのは患者さんにとっては救いになりますね。
 矢久保 冷えに関して、現代医学からどうとらえるか、非常に難しいところがあります。不定愁訴とか、気のせいとかとよく言われてしまって、患者さんご自身は困っているのだけれども十分に対応してもらえないという話を私たちはよく聞きます。
 山内 最後に生活指導ですが、先ほど食事の話が出ました。少し面白かったのは、南国のフルーツといったものに関してもう少しうかがいたいのですが。
 矢久保 この辺はよくわからないこともあるのですが、南国のもの、パパイヤ、パイナップルなどは体を冷やします。第二次世界大戦の後に日本では生野菜を食べるようになりました。この野菜サラダは体を冷やします。野菜の食べ方でも、夏には大根のサラダなどは体を冷やしてよいのですが、冬にはおでんにしてよく火を通すと身体を温めます。こういった面白い性質がある食物もあります。
 山内 トウガラシがピンと来ますが、いかがでしょうか。
 矢久保 トウガラシは難しいですね。体の芯から温めるのも事実ですが、汗をかいて冷えてしまうケースがあります。なかなか難しい食材だと思っています。
 山内 確かにそうですね。北の寒いところでも、南のほうでも、どちらでも使われますから、二面性を持ったスパイスかもしれませんね。
 矢久保 そうですね。
 山内 ありがとうございました。