齊藤
今、コロナ禍で精神科診療とオンライン診療はどのような関係になっていますか。
岸本
精神科領域は患者さんと医師がお互いの顔を見ながら話をすることで診療の大部分が成り立ち得る診療科で、世界的に最もオンライン診療がよく用いられてきた診療領域の一つです。新型コロナの感染拡大の中で、精神的な調子を崩されている方が世界的にも増えていることが問題になっています。コロナ禍できちんとした治療が届けられなくなってきているという問題がある中で、オンライン診療はそのギャップを埋めるための非常に重要なツールとして注目されていると思います。
齊藤
欧米諸国ではロックダウンになって、診療形態が影響を受けたのでしょうか。
岸本
そのとおりだと思います。私がアメリカやドイツの知り合いの精神科医に聞いたところ、ニューヨークは非常に感染拡大した地域だったと思いますが、外来患者の実に9割を遠隔診療で行っているという話でした。
齊藤
そちらが主流なのですね。
岸本
そうですね。この非常事態の中だからだと思いますが、実際、9割が遠隔診療というのは、普通の内服の治療を受けている、あるいはカウンセリングだけでいいような患者さんすべて、ということで残りの1割の方は注射や採血のために、どうしても来院が必要な患者さんという話でした。そのぐらい遠隔診療が使われているということです。
齊藤
安全なども含めて、患者さんのためにそうなってきているのでしょうね。
岸本
そう思います。同時に、対面診療に比べて、精神科領域においては遠隔診療やオンライン診療は劣らないと古くから報告されています。長期的にはともかく、少なくともこういった緊急事態においては対面診療とほとんど劣ることなく治療が提供可能だと思います。
齊藤
日本ではその辺、まだ少し進みが遅いのでしょうか。
岸本
日本でのエビデンスは私どもが手がけた幾つかの研究があります。例えば認知機能検査は遠隔でやっても、対面でやっても、ほとんど同様に行える。患者さんの点数は遠隔も対面もほとんど同じだったという報告をさせていただきました。日本において技術的に遠隔が使えないということはおそらくないですし、臨床のエビデンス上もそういうことはないと思いますが、実際、普及のぐあいは海外の状況に比べるとだいぶ後れを取ってしまっている印象を持っています。
齊藤
患者さんのための医療という意味で遅れているのはよくないでしょうが、何となく社会的に慎重な認識があるということなのでしょうか。
岸本
多分いろいろな要素があると思います。オンライン診療を準備して診療を行うのはたいへんですが、診療報酬が対面と同じではないので、わざわざ遠隔診療を行っても収入にならないというのはよく聞く悩みの一つです。もう一つは、医院でどのようにスタートすればいいのかわからないとか、ソフトウェアやインターネット回線がきちんと整備できていないということをおっしゃる医師も少なくないです。
齊藤
先生は対面診療と遠隔診療を無作為化比較試験(RCT)で比較しているのですか。 岸本 日本医療研究開発機構(AMED)から支援いただき、私ども慶應義塾大学を含む17施設、大学病院が我々を含めて5施設、それ以外は精神科の病院あるいは診療所の医師に協力、および全国200人の患者さんに参加していただくRCTを行っています。対面診療とオンライン診療を比較して、オンライン診療が対面診療に比較して劣っていないことを証明する非劣性試験が、2021年4月から始まりました。うつ病、不安症、強迫症の患者さんで、いずれも新型コロナウイルス感染拡大の中で、新規の患者さんが増加したり、状態の悪化が指摘されている疾患の患者さんです。
齊藤
遠隔診療の強みとして、家から出られない患者さんに対しても、一つの可能性として使えるということでしょうか。
岸本
精神疾患のために、あるいはそのほかの理由のために自宅から出ることに非常に強い困難を感じる患者さんは少なくなくて、結果的にひきこもりの状態になっている方はかなりたくさんいます。今までそういう方になかなか治療が届けられなかったのが、このコロナ禍の時限的措置のもとでやりやすくなって、その方々に治療が届けられています。その方々の状態が本当によくなるのを実際に経験し、非常に力強い一つの診療手段だと感じています。
齊藤
今、遠隔診療は対面診療に比べて保険での評価が低いにもかかわらず、一生懸命多くの医師が患者さんのため、日本の医療のためにやっていることが評価されて、さらに日本で広がっていくことが期待されるのですね。
岸本
そうですね。我々が今構築しようとしているエビデンスも、うまくそこにかみ合って推進につながるといいと思っています。
齊藤
もう一つモニタリングなどを使って患者さんの評価をすることもあるとうかがっていますが、例えば精神科診療の問診のようなことをやっていくのでしょうか。
岸本
精神科領域において患者さんの状態の把握が非常に難しいところがあります。私どもは基本的には患者さんとお話をしながら、どんな症状がどのくらい強いのかを評価していきますが、医師の判断基準が少しずつ違ったり、客観的な評価が非常に難しいという問題があります。近年の情報通信技術の発展とともに私たちの生活の様子がデジタルで収集できるようになってきたことを背景に、そういったデジタル情報をうまく使えないかという試みを行っています。
齊藤
まずは話をしたときの状況を把握していくのでしょうか。
岸本
そうですね。一つは自然言語処理といいますが、自然言語、すなわち我々人間が普通に話す言語を機械が処理する技術を使って、患者さんが話している言葉のデータをそのままコンピューターに解析させて、例えば認知症のリスクや、うつ病の患者さんの話し方の特徴などについて研究を行っています。
齊藤
かなりの正確性を持って診断できるのでしょうか。
岸本
まだ限られた数の対象者での検討しか行っていませんので、確実とはいえませんが、8~9割ぐらいの精度で認知症の患者さんを当てることができています。
齊藤
客観的にわかってくるのですね。
岸本
本当の意味で客観的になるためにはかなりのデータ量を集めていく必要があると思いますが、役立てられる場面はたくさんあると思います。例えば認知症の診断に際して30点満点の簡単な認知機能のテストをした場合、何回もやっていると、だんだん覚えてしまいテストの意味がなくなってしまうことが起こります。それを新しいデータを使いながら判断できるようになると非常に大きいと思いますし、客観的な評価にもつながるだろうと思います。
齊藤
ウェアラブルデバイスを用いていろいろなことがわかるのですか。
岸本
今、我々が一番力を入れているのがうつ病の患者さんを対象にした研究です。リストバンド型のウェアラブルデバイスを1週間程度つけていただいて、そのときの睡眠、日中のアクティビティ、あるいはウェアラブルデバイスから取得できる皮膚温や心拍数といったデータの機械学習を行って、うつ病のリスクが高い人とそうではない人をスクリーニングできるような技術も開発しています。
齊藤
そうなりますと、一種のバイオマーカーですね。
岸本
そうですね。こういうデジタルで表現される生活の様子をデジタルフェノタイプと呼びますが、それを通じて得られる特徴量が、ある意味診断だったり重症度の評価に使われるようになるといいと思っています。
齊藤
経過をそれで見ることも可能になるのでしょうか。
岸本
はい。精神科では患者さんの状態あるいは重症度を把握するのには、インタビューをして患者さんの状態を点数化します。それに非常に手間がかかる。時間もたいへんかかりますので、そういうものを簡便に可視化できれば、非常に有用だと思っています。
齊藤
そういった技術と遠隔医療をうまく組み合わせて、より安心な医療ができるということになるのでしょうか。
岸本
オンライン診療はそういった患者さんの遠隔のモニタリングにも、非常に相性のよいプラットフォームになり得ると思います。オンライン診療がうまく使われるようになって、かつ今までなかなか定量が難しかった患者さんの状態も併せて見ることができるようになると、精神科の診断の精度であったり、診療の質が上がっていくことが期待されるのではないかと考えています。
齊藤
ありがとうございました。