中村 南学先生、2020年の11月30日から始まりましたこの「遠隔医療・オンライン診療の現状と課題」というシリーズについて、最後のまとめをいただければありがたいと思っています。私どもからうかがっていて、政府は積極的だけれども、医師会が慎重かなという印象を持ったのですが、いかがでしょうか。
南学 遠隔診療というのは、かかりつけ医と一緒に新しい家庭での医療の場を築くものであって、決して医師会も反対をしているわけではないと理解しています。ぜひ医師会と協力しながら新しい遠隔診療を進めていきたいと考えています。
中村 確かに遠隔地やコロナ禍においては、患者さんにとって極めて便利ないい方法だと思いますが、初診の場合をどうしたらいいのかと感じています。特に視診や聴診はある程度機械を通してわかりますが、触診をどうするのか。その辺がちょっとわからない。何かデバイスを作るのか、触診に相当する何か上手な問診をしていくのか、いかがでしょうか。
南学 たいへん重要なご指摘です。最近、日本医学会連合からオンライン診療の初診における、こういった症状は対面診療でしたほうがいいという指針を出させていただきました。先生がおっしゃるように、現在の技術でオンライン診療でできることには限界があります。画面越しでの画像データと音声による問診等でしか診療ができないので、それで診断がつく疾患はほとんどないというのが我々の考えです。一方、先生がご指摘になったように、在宅からアクセスできるという利便性は非常に大きいので、医師側も患者さん側も、その限界を理解したうえでこの利便性を活用するのが現時点での正しいあり方と思います。
一方、将来的には先生が今おっしゃったようなバイオセンサーが非常に重要になってくると思っています。例えば、最近ですと、タイから出た論文で、汗の中のクレアチニンを経時的に測定することによって屋外で働いている肉体労働者の熱中症を早期に感知し、これが上がってきたら「あなたはもうすぐ熱中症になるから休みなさい」みたいな、そういうシステムも開発されています。遠隔で取る場合はごく微量のサンプルで、非侵襲的にいろいろなものをモニターしなければいけない。こういった技術が医工連携でたいへん進んでいるので、将来的にはものすごく飛躍していくフィールドだと期待しています。
中村 そうしますと、一施設だけの問題ではなくて、例えば検査室との連携とか、そういったことも必要になるのですね。
南学 これはいわゆる情報管理の観点からは医療情報の専門家の多大な関与が必要ですし、センサーの観点からは工学系の専門家の関与が必要です。分野横断的に、従来の医療のみではなく、様々な専門家と共同しながら進めていくフィールドになると思います。
中村 これは確かに将来の課題にもなっていくのですね。
南学 一方、海外では、やはり課題はあるにせよ、今後のことも考えて大幅に推し進めなければいけないということで、政府が促進するための様々な方策を取っています。例えばアメリカでは、従来は州ごとに医師免許が違っていて、例えばワシントン州だとオレゴン州の診療ができなかったのが、今回のコロナ禍をきっかけに遠隔診療を進めることから、そういった制限を取っ払った。あるいは、保険点数を大幅に変えて遠隔診療を進めました。現在ではアメリカは90%の医師が何らかのかたちでの遠隔診療をやっています。日本は現在、大幅に遅れていますので、政府もぜひ支援、後押しをしていただきたいと考えています。
中村 幸いに日本では、県ごとのライセンスが違うということはなかったですから、むしろ日本全土でできるのですね。
南学 日本は県による違いはないのですが、実は保険点数の問題があって、大病院、大学病院等で現実的にオンライン診療をやると、経済的に大幅に苦しくなるという縛りがかかっていて、なかなかこれまで大病院は参入できませんでした。ただ、我々もこれは必ず将来的にやらなければいけないことだと、今後、オンライン診療を東京大学医学部附属病院でもやることにして、現在、準備を進めています。
中村 たいへんいいことですね。点数が低いのですか。
南学 オンライン診療のほうが圧倒的に安いのです。
中村 それも患者さんにとっては随分メリットになるのでしょうか。
南学 患者さんにとってはある意味メリットになるとは思いますが、どの病院も経営的に非常に苦しいですから、結局、対面診療を病院としてやらざるを得ない状況に追い込まれていて、その結果としてオンライン診療がなかなか適正に進められないような状況になっています。
中村 医療側にとっては新しいデバイスを入れるとなると、もう少し収入が上がってくれないと、困るわけですね。
南学 当然オンライン診療を導入するうえで様々な設備投資も必要になります。これは以前、今回のシリーズを企画してくださった黒木先生とお話ししたのですが、現時点では開業されている医師しかオンライン診療をやっていない。それは、彼らは経営権を持っていて、必要だと思ったら自分の責任でそれができる。一方、大きな病院になると、経営陣が別にいて、対面診療より赤字になることはやらせてくれない。だから今までクリニックの医師しかオンライン診療をやっていなかったという日本独特の構図ができています。
中村 これは標榜できるのですか。
南学 公示はできるはずです。そういったかたちで患者さんに情報提供しないと、そもそも患者さんが受診できません。
中村 そうなると、その資格というか、ある程度医療側を審査することも必要でしょうか。
南学 現時点では厚生労働省が出している教育のプロセスを学習することによって医師はオンライン診療ができるようになっています。ただ、それをやるうえでも当然様々な医療情報システムに関するセキュリティの担保などが要求されます。
中村 かつて私が防衛医科大学校にいた頃、災害医療が問題になりました。例えば戦争で弾に当たって倒れた、戦場で何か治療をするといったとき、ある程度は遠隔医療になるという話が出たことがありました。
南学 国連がアジア地域における災害に関するまとめを2019年に出しているのですが、そこにも様々な災害時に遠隔で医療を行うことは非常に重要だということが記載されています。
中村 これは医師側にとってもこれから勉強していかなければいけない問題ですね。
南学 これは対面診療と対立するものでも、それに取って代わるものでもなく、非常に新しい形態の医療です。我々も勉強して新しい道を、ほかの医師、そして患者さんとともに切り開いていくかたちになると思っています。
中村 南学先生は大学におられますが、これは教育のカリキュラムの中にも入っていくものですね。
南学 将来的にはカリキュラムに入れていかなければいけない、重要性の高いものだと思っています。
中村 何時間ぐらい取れるでしょうか。ほかのものでいっぱいになっていますから。
南学 おっしゃるとおり、ほかのものもパンパンなので、それは兼ね合いになると思います。
中村 ぜひいい方向へ動いていただきたいと思っています。シリーズ全26回について、最後におまとめをいただきたいと思います。
南学 それぞれの先生方から非常に有益なお話をいただきました。この遠隔医療、今後、全く新しいかたちの利便性の高い医療として、患者さんの予後、そして生活の質の向上に大きく寄与するものですので、ぜひこれは患者さん、そのほかの分野の専門家とともに、政府の適正なご指導のもとで推進していきたいと思っています。先生にもぜひよろしくご指導のほどお願い申し上げます。
中村 ありがとうございました。いずれにせよ、一つの規制改革の一環にもなるのでしょうから、ぜひ政府もその辺をオープンにして、よりよい医療で多くの医療者、国民にメリットが出るようになってほしいと思います。ありがとうございました。
遠隔医療・オンライン診療の現状と課題(Ⅴ)
総括
東京大学腎臓・内分泌内科教授
南学 正臣 先生
(聞き手中村 治雄先生)