ドクターサロン

 山内 新田先生、実際に質問のようなケースはあるのでしょうか。
 新田 それほど多くはないのですが、そういうふうに訴える患者さんは確かにいます。
 山内 どういうことが考えられるのでしょうか。
 新田 今こういった訴えをされる方の疾患概念としては聴覚情報処理障害、英語で、APD(auditory process ing disorder)と略されている概念があります。これは耳の聴力検査で異常はないのですが、言葉の聞き取りが悪いといった大まかな疾患概念です。
 山内 新しい疾患概念と考えてよいですね。
 新田 そうですね。比較的疾患概念としては新しいです。
 山内 もう少し具体的に、どういった聴力障害と考えられるのでしょうか。
 新田 概念としてはまだ新しいもので、我々が医療機関で行っているような耳の検査、聴力検査、これには音の検査や言葉の検査がありますが、そういう検査をやっても正常範囲なのに、ある場面で患者さんはうまく聞き取れないと訴えるのです。
 山内 聴力が正常でも難聴というのはなかなかイメージとしてつかみにくいところがありますが。
 新田 聴力が正常とは、音は聞こえることを表していると思うのです。検査上の異常がないということですが、聞き取れないというのは理解できない側面があるのです。音はわかっても内容がわからないということを、聞き取れないとおっしゃっている可能性があります。
 山内 認識能力とか理解能力に問題があるのではないかと考えているのですね。
 新田 そういうものもおそらく含まれているだろうと思うのですが、本人自身はそういうものではないと思っている方がほとんどだと思うのです。自分はそういう異常ではないということで受診されていると思います。
 山内 少し戻りますが、今の聴力検査法でカバーできる検査に関してのみ異常がない、と考えてもよいのですね。
 新田 そうですね。そうなると思います。
 山内 聞こえが悪いというのは、ある意味主観的なものですが、現在の検査法でこの主観による症状を否定することはできるのでしょうか。
 新田 残念ながら現存の検査ではできません。
 山内 例えば詐病に関してはいかがでしょうか。
 新田 なかなかその辺は線引きが難しいですが、聞き取りづらいことで、いわゆる疾病利得といいますか、病気であったほうが本人の生活、社会的にも都合がいいこともあります。本人が意識するしないにかかわらず、そういった側面がある可能性はあると思います。
 山内 本人にとっては聞こえが悪いほうが都合がいいという局面もあるのでしょうね。
 新田 あると思います。
 山内 学生だと、授業が聞こえにくいとか、そういったものも出てくると考えてよいでしょうか。
 新田 はい。含まれると思います。授業が聞き取りづらいから、この病気のせいで私は困っているということを、もしかしたらおっしゃっているのかもしれません。
 山内 先ほど言葉が理解できないというお話でしたが、例えば少しニュアンスが違いますが、日本人はよく英語のヒアリングができないといわれます。一方、日本語はわかるわけですね。これは難聴とは違いますが、例えば若い人たちの言葉が理解できない、のようなものも出てくるかもしれません。このあたりの境目というのは何かあるのでしょうか。
 新田 非常に難しいですね。その方の理解度や、もっと言うと知能レベルにも関わってくることですから、なかなか線引きは難しいですが、どんな状況、どんな環境で、どういうことが聞こえないかをしっかり問診・聴取することが一つヒントになると思います。
 山内 これに関しての診断ですが、まずどういったところに注目されますか。
 新田 いわゆる聞き取り、聞こえ、聴力の異常がないかがまず一つです。あと一つは、先ほど先生もおっしゃったように、理解という面で、例えばお子さんですと発達障害のようなものも含まれてくる可能性があります。そういったところの診断も一つ参考になると思います。
 山内 診断のきっかけとして、患者さんの問診はどういったところが着目点になりますか。
 新田 パターンとして多いのは比較的がやがやした雑音の中で何人かとしゃべる、集団でしゃべっているときに聞き取りづらいというパターンが多いと思いますので、そういうものをしっかり聴取することが一つ参考になると思います。
 山内 雑音が一つのキーワードと見てよいのですか。
 新田 そうですね。雑音下での聞き取りが難しいという患者さんが多いと思います。
 山内 具体的に雑音といっても、工事現場のような雑音もあれば、わいわいがやがやと複数の人の声がするといったものもあるのですが、特にどのような雑音なのでしょうか。
 新田 いろいろなパターンがあるので一概には言えませんが、工事現場などの大きな雑音下での聞き取りよりは、人の声などのわいわいがやがやといった環境で聞き取れないことのほうが多いという印象は持っています。
 山内 耳鼻科的な立場から見て、雑音の違いといったものは何かあるのでしょうか。
 新田 なかなか難しい質問ですが、その辺は正直いうとわからないのが現状です。
 山内 例えば、最近若い方はヘッドホンなどを使う方が多くて、ここから来る難聴は、オーソドックスな検査で引っかかる難聴もありますが、少し理解が悪いといったかたちでの難聴も出てくると見てよいのでしょうか。
 新田 おっしゃるように最近、若者にはかなり大きな音量でヘッドホンで聴くヘッドホン難聴というものが注目されていて、WHOもかなり注意喚起しています。もしかしたらそういった方が、難聴はないのに、雑音下で聴きづらいとぼちぼち訴え出しているのかもしれません。そういった方が少し年齢を重ねると、そういう症状が強くなってくる可能性があって、我々としても注目しているところです。
 山内 静かなところだったら耳鳴りが出やすいこともよく知られていますので、高次元のところで何か絡むかもしれないですね。
 新田 そうですね。蝸牛や聴神経よりは、さらに中枢のところの関わりではないかといわれています。
 山内 新しい概念ですので、まだこれから解析が必要だと思いますが、対処法はいかがでしょう。
 新田 一般的な対処法になりますが、聞き取りづらい場面での環境調整が一つポイントになると思います。先ほど申したとおり、雑音下での聞き取りが難しいですから、雑音がなるべく少ないところ、あとは話者がどういう位置にいて、どのぐらいの大きさでしゃべるか。対面でしゃべっているのか否か。そういったところを聞きやすい状態に調整することが、まず第一かと思います。
 山内 そのあたりがある程度はっきりしてきますと、新しい検査法も出てきそうな気もいたしますね。
 新田 そうですね。まだまだこれからかなと思いますが、我々も考えていきたいと思います。
 山内 こういった疾患概念が出てきたということで、患者さんにとってのメリットは、どういったものが考えられますか。
 新田 どの耳鼻科、病院に行っても、異常はない、あなたがおかしいのではないかぐらい言われて、患者さんが非常に傷つくパターンがあると思うのです。けれども、こういう疾患概念があることで救われる、そういった患者さんもいるので、我々はそういったことをもう少し分析して、疾患概念として体系立てていくことが大事かと思います。
 山内 確かに今までですと、あなたは正常ですと言われて切り捨てられていた方が、こういったかたちで救われることは十分あるのですね。
 新田 はい。大いにあると思います。
 山内 最後に、この質問でメンタルな問題も少ないというのが、一つのキーワードになるのですが、これに関してはいかがでしょうか。
 新田 メンタルな問題というのは非常に難しいですね。ちょっと診察しただけではわからないメンタルな問題もあるかもしれませんので、ここは問診をしっかり取っています。どういう場面でということも参考になるかもしれませんし、なさそうでも、もしかしたらあるかもしれないことを念頭に置きながら我々はいつも診療しています。
 山内 いずれにしても、よく患者さんのお話を聞かないとだめだということですね。
 新田 そうですね。その方の置かれている生活の状況、社会背景などもわかると、もうちょっと答えが出てくる可能性はあるかと思います。
 山内 ありがとうございました。