池田 松田先生、便潜血反応というのは今、どのようなシステムで行われているのでしょうか。
松田 従来の便潜血、化学法、グアヤック法ともいいますが、化学法と免疫法という方法、2つに大きく分かれます。日本では1992年のいわゆる住民健診で便潜血検査が始まったころから免疫法を使っています。海外に目を向けますと、従来から簡便さから化学法が広く用いられてきたのですが、最近では多くの国、欧米を含めて各国で免疫法を使う国が多くなっています。
原理として化学法と免疫法と大きく異なり、質問内容に関しては、従来法のグアヤック法、化学法の場合には上部消化管、いわゆる食道ですとか胃からの出血に関して陽性と出てしまうことがありましたが、免疫法はヒトヘモグロビンに対する抗体を用いて検出する方法ですので、食事による影響、例えば肉類とかに影響することも非常に少ないです。上部の消化管、胃の出血に関しても、胃液や膵液の影響、消化液によってヘモグロビンが変性するために、そういった上部の消化管に関しての出血に関してはほぼ拾わないと最近いわれているので、免疫法を使っている昨今では、あまりその心配はしなくていいかと思われます。
池田 免疫法を使えばほぼ大腸の出血を検出できるということですね。
松田 そうですね。胃の出血や消化性潰瘍出血など、よほどひどい出血があって血液が早く腸管のほうに流れてくるような場合には拾ってしまう可能性はあるかもしれません。ですが、一般的には大腸の出血を拾い上げるのが免疫法のいいところだと思います。
池田 そのような大量出血を胃などですれば、ある程度症状はありますものね。
松田 タール便とか、そういうもので気づいてしまうと思います。
池田 今は免疫法ですが、これは定量的になるのでしょうか。
松田 免疫法に関しては、カットオフ値、いわゆる閾値を設定することができて、陽性割合を1回の検査でどれぐらいに設定するかも定量化することで、閾値を設けて変えることができます。
一般的には100ng/mL、便1gに対して20μgの潜血があった場合に陽性とする自治体が多いと思います。それでいくと、100人の検診者が受けると、だいたい6~7人ぐらい陽性になるのですが、陽性者を少し制限して、その陽性者をしっかりと精密検査である大腸内視鏡検査に回すというストラテジーを立てる自治体では、少しカットオフ値を上げるのです。例えば100ngを200ngに上げますと陽性割合は低くなり、3%ですとか4%になります。そういったかたちで戦略を立てて、きっちりと精密検査に陽性者を回すことを考えながらカットオフ値を変えることができるのも、免疫法のいいところだと思います。
池田 そのカットオフ値は各自治体で変えていいということですか。
松田 そこは法的には特に決まりごとはなく、いろいろな検診におけるプロセス指標というもので、だいたい陽性者はここからここまでぐらいの割合にしましょうというのがあって、各自治体ではそれを遵守すれば、ある程度自由にカットオフ値を変えることができます。福井県では220ngという高い設定値でやっていて、当然陽性割合は低く出ます。ただ、そういったリスクの高い方を精密検査である大腸内視鏡検査に回すことで効果を上げる、そういった戦略を立てられている自治体もあります。
池田 非常に面白いですね。各自治体で変わってかまわないということですが、その場合、例えばあまり低くしてしまうと見逃しもあるでしょうし、高くしすぎると逆に偽陰性みたいなものもありますよね。こういうものは単年度で結果を出そうというプログラムではないのですか。何年かにわたってということなのでしょうか。
松田 日本の場合、2日法というものを用いていますので、2日分の便を提出してもらいますが、それをワンセッションと数えて、その1回でどれぐらいがんを陽性と的確に診断するかというのがスクリーン感度です。けれども、今、検診の世界ではご存じのように日本では毎年、便潜血を受けることが推奨されています。そこで評価されるのはスクリーン感度よりもプログラム感度です。3年とか5年受けることで、どれだけしっかりとがんを拾い上げることができるか。そこが便潜血の場合の評価の一番の中心になっているので、1回の感度よりもむしろプログラムの中でどれだけきちんと的確にがんを拾い上げられるかが、プログラム感度を評価する立場で検診の中では大切であると考えています。
池田 逆に言いますと数年、5年ぐらいで白黒つけることで間に合うのでしょうか。
松田 ご存じの先生が多いと思いますが、大腸がんというのは、ほかのがん種と比べると、進行して遠隔転移、いわゆる肝臓とか肺に転移が起こると5年生存率は2割を切ります。比較的遠隔に転移がなければ5年生存は期待できるがん種です。例えばリンパ節転移、いわゆる転移がない段階、ステージ2までとすると、大腸がんの場合は、85%も5年生存が見込めるというがん種です。
そう考えますと、ほかのがん種、肺がんや胃がんよりも、検診をしっかりと充実させれば、ある程度猶予期間があるということです。発見するまでの時間は当然早ければ早いほうがいいわけですが、そのステージ、遠隔に転移が起こるまでは相当な時間がかかります。そこにいく前にプログラムとして、すくえればということで、そういったがん種であるのは一つの特徴だと思います。
池田 それで数年かけてプログラム感度を上げていくほうがいいということですね。
松田 そうですね。
池田 それと、今2回連続でやられていると思うのですけれども、例えば両方とも陰性だったら納得しやすいですが、片方陽性、片方陰性になったらどうなのでしょうか。
松田 これは非常に注意が必要でして、2日法でやっている以上、1回だけ(+)ということがありうるわけです。そういった場合でも当然陽性と判定して、精密検査である大腸内視鏡検査を受けていただくというのが正解です。ここは大事なところでして、2回やって、1回(+)だからもう1回受け直し、(-)(-)だったら、それでOKとされる、それは大きな間違いです。個別検診等でキットをお渡しして判定結果をお伝えする医師がいると思うのですが、そこだけ誤解なきようお願いしたい。1回でも陽性であれば相当リスクは高いのです。ですから、そこは(-)(+)、あるいは(+)(-)でも当然大腸内視鏡検査、精密検査を強く勧めていただくことが必要になります。
池田 1回でも陽性だった方にも大腸内視鏡検査をやってくださいと紹介状を書いたりしますよね。実際、どのくらいの患者さんが大腸内視鏡検査を受けるのでしょうか。
松田 便潜血、先ほど申し上げた、ある程度一般的な閾値を設けてやりますと、だいたい100人受けていただくと、検診で便潜血が6~7人陽性になるのです。6~7人が精密検査を勧められるわけです。精検受診率と申しますが、陽性者、リスクの高い便潜血でふるいにかけられた方で精密検査である大腸内視鏡検査までたどり着いていない人が海外に比べると多いというのが非常に大きな問題で、海外では陽性になった方は8~9割、大腸内視鏡検査を受けるのです。日本では6~7割しか受けないといわれています。なので、裏を返せば3~4割の方はリスクの高い便潜血陽性者であっても精密検査を受けずに、そのまま流れてしまうことが大きな問題です。
実際に皆さん、便潜血陽性で私どもの病院に、うつむいて来るのですが、便潜血陽性であっても、がんが発見される割合、有病割合というのは2~3%なのです。そう考えると、その残りの方々は無意味かというと、そうではなくて、便潜血陽性の方が大腸内視鏡検査を受けると様々な病変、いわゆる、前癌病変の腺腫性ポリープ、がんに直結するリスクのあるポリープが半分ぐらいの方に見つかります。がんは2~3%しかないけれども、前癌病変は50%の方に見つかるのです。
最近の内視鏡技術は向上していて、その場でポリープを切除できる態勢を取っている施設が多いと思います。当然2㎝以上ですとか10㎜とか、基準を決めて対応されている医師が多いと思うのですが、ある程度の大きさのもので、良性の腺腫と判断すれば、その場で1回の検査で治療までできてしまうのです。そうなると、腺腫性ポリープを切除することによる大腸がん死亡リスクダウンは証明されていますので、この検診を受けて陽性になってがっかりしている場合ではなく、ポリープを取ってもらったことで大腸がんリスクが下がる、死亡リスクも下がることが1回で得られてしまう。そういった意味では陽性者に対する精密検査をしっかりと勧めることが大事ですし、国民にも広くそこの重要性を知ってもらうには、やはり医療従事者から伝えなければ、なかなかわからないことかと思います。
池田 判定した医師が50%が前癌病変だということをわかっていれば、精密検査を受けて、もし良性であっても、取ってもらったらがんになるリスクが下がるということを患者さんに正確にお伝えすれば、また受診する割合が増えるのですね。
松田 そうですね。米国のCDCからもいわれていますが、どうやったらそういった検診の受診率を上げて、精密検査が必要な人をきちんと検査施設に行かせることができるか。やはり身近なかかりつけ医からの一声が大きいということですから、開業医からそういったことを数字としてきっちりお伝えいただいて、陽性者に精密検査を受けるように強く勧めていただくことが一番受診率を上げるきっかけになります。先生方のご協力をいただいて、精密検査の受診割合が8割、9割になればいいなと思います。
池田 最後にもう一度確認させていただきます。2回の便潜血の片方でも陽性になれば大腸内視鏡検査を受けていただくということですね。
松田 ぜひそこを徹底していただけるとありがたいと思います。
池田 どうもありがとうございました。
(放送時:国立がん研究センター中央病院検診センター長)
便潜血反応
東邦大学医療センター大森病院消化器内科教授
松田 尚久 先生
(聞き手池田 志斈先生)
便潜血反応(+)は下部消化器(特に大腸病変)といわれて、上部消化器(胃、食道、口腔)では(-)といわれているようですが、その理由をご教示ください。
福岡県開業医